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東京高等裁判所 平成5年(ネ)1951号 判決

控訴人 安田信託銀行株式会社

右代表者代表取締役 立川雅美

右訴訟代理人弁護士 工藤舜達

右訴訟復代理人弁護士 林太郎

被控訴人 日本人材サービス株式会社

右代表者代表取締役 郡昭博

右訴訟代理人弁護士 中村治嵩

丸山武

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一申立て

(控訴人)

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

(被控訴人)

主文同旨。

第二事案の概要

一  次のように付加、訂正するほかは、原判決事実及び理由の第二記載のとおりであるから、これを引用する。

二  原判決二枚目裏二行目の「直ちに」を「遅滞なく」と改め、同四行目の「締結して」の次に「(≪証拠省略≫)」を加え、同三枚目裏二行目の「受け、」から同四行目までを「受けた。」と改める。

三  原判決三枚目裏四行目の次に改行の上次のとおり加える。

「6 被控訴人は、訴外アーバネットが破産宣告を受けた後、控訴人に対して、右本件全体ビルの訴外アーバネットから持分権者らへの売渡し及び持分権者らから控訴人への持分の信託譲渡に伴い、本件賃貸借契約上の貸主たる地位は訴外アーバネットから持分権者らを経て控訴人に移転したものであり、訴外アーバネットが被控訴人から預託を受けた保証金三三八三万一〇〇〇円(以下「本件保証金」という。)から二〇パーセントの償却費を控除した残額(以下「本件保証金残額」という。)の返還債務(以下「本件返還債務」という。)も控訴人が承継した旨主張したのに対し、控訴人は、本件賃貸借契約上の貸主は依然として訴外アーバネットのままであり、控訴人は本件返還義務を承継していない旨の主張を繰り返し、頑として被控訴人の主張を認めなかった。

そこで、被控訴人は、平成四年九月一六日、控訴人に対し控訴人が貸主の地位の承継を認めないので賃貸借契約上の信頼関係を維持することができないということを理由に、同月三〇日限り本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示「以下「本件解除」という。)をし、同月二六日本件賃貸部分から退去し、本件賃貸部分の各室の鍵は被控訴人の指示に基づき訴外芙蓉総合リース株式会社に対して返還した(≪証拠省略≫、当審証人石渡晋太郎。ただし、控訴人は本件解除の効力を争っている。)。」

四  原判決三枚目裏一〇行目の末尾に「なお、控訴人は、ほかに、1控訴人及び持分権者らは訴外アーバネットから本件保証金の交付を受けていない、2 債務は信託の対象にならないから、控訴人は本件返還債務を承継していない、3 本件保証金は敷金の性質を有するものではないから本件賃貸借契約上の貸主の地位の移転があっても本件返還債務は承継されないと主張している。」を加える。

五  原判決四枚目裏四行目の「前記のような事実関係によれば、」を削り、同七行目の「ものと解すべきであるから」を「ものであるから」と改める。

第三争点に対する判断

一  事案の概要記載の事実に加え、証拠(≪省略≫、当審証人石渡晋太郎、同岩田忠雄)及び弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。

1  本件全体ビルについては、平成二年三月二七日に、訴外アーバネットと持分権者らとの間の売買、持分権者らと控訴人との間の信託譲渡、控訴人と訴外芙蓉総合リース株式会社との間の転貸を目的とする一括賃貸借、訴外芙蓉総合リース株式会社と訴外アーバネットとの間の転貸を目的とする一括転貸借の各契約が連結して同時に締結されている(以下、これらの各契約の全体を「本件契約連結」といい、控訴人と訴外芙蓉総合リース株式会社との間の一括賃貸借契約及び訴外芙蓉総合リース株式会社と訴外アーバネットとの間の一括転貸借契約を併せて「本件サブリース契約」という。)。被控訴人は、当初本件契約連結が存在することを全く知らず、本件賃貸借契約の賃料は破産宣告があるまで訴外アーバネットに払い続けており、訴外アーバネットの破産宣告後になって初めて本件契約連結の存在を知ったものであるが、平成元年に訴外アーバネットから被控訴人が本件賃貸部分を賃借した時以降、被控訴人が本件賃貸部分の賃借人であることについて本件契約連結のいずれの当事者からも異議が出されたことはなく、また、訴外アーバネット以外の者が被控訴人に対し賃貸人としての権利を主張したことはなかった。

2  本件契約連結はいわゆる「不動産小口化商品」として開発された契約形態の一つであるが、不動産小口化商品は、昭和六二年ころ、東京都心部などで事務所ビルが不足し、加えて、地価の上昇が著しく、オフィスビル等の賃料が高騰して、オフィスビルを中心とした大型不動産が投資の対象として有利と目されるようになった状況下で、不動産会社、金融機関等において、小口投資家をも投資に参入させることを目的として企画、考案されたものである。

3  不動産小口化商品の基本形態は、不動産会社が所有するオフィスビル等を適宜の共有持分に分割して小口投資家に販売し、右持分を取得した投資家は全員でその不動産を転貸の目的で右不動産会社に一括して賃貸し、不動産会社が賃借人を募集して転貸し、賃料等の収益を投資家に分配するほか、一定期間経過後には当該ビル等を売却し、その売却益を投資家に分配するというものである。

この場合、ビル等の共有者となる小口投資家としては、賃料等の収益の配分と不動産価格の上昇についてのみ関心があり、自ら賃借人を募集した上、賃貸人となって賃借人との間の契約の締結、保証金の収受、賃料の集金等や建物の管理等を行うということは望んでいないのが通常であるが、不動産小口化商品においてはそのような煩雑な事務は不動産会社に全面的に任せて収益のみを確保することが可能である。

また、大型不動産の所有者である不動産会社にとっては、小口投資家に対する当該ビル等の売却によって資金の流動化を図り、売却益を得ることができるのみならず、いったん売却した後においても、不動産賃貸の事業を継続的に展開して賃料収入を得るとともに、賃借人からの保証金等の運用利益を得ることができるという利点がある。

したがって、不動産小口化商品においては、不動産会社が不動産の共有持分を小口投資家に対して売却した後においても、従前からの賃借人と不動産会社との間の賃貸借は従前のまま継続し、新規の賃借人との賃貸借も不動産会社が貸主となって契約を締結する形態がとられているが、このように不動産の所有者と賃貸人を分離させ、小口投資家が共有者となっても、賃借人に対して賃貸人の立場には立たず、不動産会社がその賃貸人となるということは、不動産会社と小口投資家とのいずれの利益にも合致するものである。不動産小口化商品においては、不動産会社から小口化された共有持分を取得した小口投資家全員が不動産会社に対し当該不動産を転貸を目的として一括賃貸する(その場合、不動産会社との間に本件における訴外芙蓉総合リース株式会社のような第三者を介在させ、小口投資家全員からまず右第三者に、右第三者が更に不動産会社にそれぞれ転貸目的で一括賃貸するという形態がとられることもある。)ことによって、右のように小口投資家が賃借人との間で直接賃貸借関係に立つことを回避している。このような一括賃貸の契約はサブリース契約と呼ばれるが、小口投資家が直接サブリース契約を締結する形態(いわゆる非信託型)と、中間に信託会社が介在し、まず、小口投資家全員から信託銀行が不動産の信託譲渡を受けた上でサブリース契約を締結する形態(いわゆる信託型)とがある。平成二年一一月の時点における不動産小口化商品の販売実績は、いわゆる信託型が約三五〇〇億円、いわゆる非信託型が約五〇〇〇億円であった。

4  本件契約連結は、控訴人が不動産小口化商品の一つとして企画して実施したものであり、控訴人は訴外アーバネットが共有持分を売却するについても同社から販売委託を受け、同社の代理人として売買契約を締結した。そして、本件契約連結においては、前記のような趣旨から訴外アーバネットが譲渡するのは本件全体ビルの共有持分のみであり、共有持分の買主らは既存の賃借人も含め、同ビルの賃借人との間で賃貸人の地位に立つことはないということを前提としてその内容が企画され、共有持分の買主との売買契約に際しても、買主に対し本件契約連結全体の内容を知らせた上、持分の買受けと同時に、買受人と控訴人との間において、控訴人が本件サブリース契約による一括賃貸の方法により本件全体ビルを運用管理することを内容とする信託契約を締結することを条件として契約を締結し、控訴人、持分権者ら、訴外アーバネットのいずれにおいても、持分権者が取得するのは共有持分のみであって、持分権者が直接賃借人との間で賃貸借関係に立つものではないということが了解されていた。したがって、右三者の間で本件賃貸借契約上の保証金の処理が話題となったことはなく、持分権者らも、控訴人も右保証金を引き継いだことはない。

二  そこで検討すると、被控訴人が平成元年六月一六日に訴外アーバネットとの間で本件賃貸借契約を締結して本件賃貸部分を賃借した際、訴外アーバネットは訴外日本都市所有の本件全体ビルの賃借人であったのであるから、本件賃貸借契約は転貸借であったが、その後、訴外アーバネットが平成二年二月一五日に訴外日本都市から本件全体ビルの所有権を取得したことにより訴外アーバネットの有した賃借権は混同により消滅し、本件賃貸借契約は転貸借ではなく、本件全体ビルの所有者である訴外アーバネットからの直接の賃貸借となったものというべきである。控訴人は、転貸借である本件賃貸借契約が存する以上訴外アーバネットの賃借権は混同により消滅しない旨主張するが、本件は賃貸人の地位と転借人の地位の混同の場合(最高裁第一小法廷昭和三五年六月二三日判決・民集一四巻八号一五〇七頁参照)とは異なり、賃貸人と転貸人の地位の混同の場合であり、混同により転借人の権利が害されることはあり得ないから、控訴人の右主張は失当である。

三  本件の基本的争点は、本件契約連結によって本件全体ビルの所有権が訴外アーバネットから持分権者らを経て控訴人に移転したことに伴い、本件賃貸借契約における貸主たる地位も当然に訴外アーバネットから持分権者らを経て控訴人に移転したといえるかどうかという点であるから、次にその点について検討する。

自己の所有建物を他に賃貸している者が賃貸借契約継続中に第三者にその建物を譲渡した場合には、原則として賃貸人たる地位もこれに伴って右第三者に移転するものであるが、特段の事情が存する場合には、なお賃貸人たる地位は移転しないで建物の譲渡人にとどまるものと解される。そして、賃貸中の建物を譲渡するに際し、新旧所有者間において、従前からの賃貸借関係の賃貸人の地位を従前の所有者に留保する旨の合意をすることは契約の自由の範囲内のことであるが、建物の賃借人が対抗力のある賃借権を有する場合には、その者は新所有者に対して賃借権を有することを主張し得る立場にあるものであって、その者が新所有者との間の賃貸借関係を主張する限り、賃貸借関係は新所有者との間に移行するものであるから、新旧所有者間に右の合意があるほか、賃借人においても賃貸人の地位が移転しないことを承認又は容認しているのでなければ、前記の特段の事情が存する場合に当たるとはいえないというべきである。

本件において、本件全体ビルが訴外アーバネットから持分権者らに売却され、更に控訴人に信託譲渡されるに際し、訴外アーバネットと持分権者らとの間及び持分権者らと控訴人との間において、従前からの賃借人である被控訴人との間の本件賃貸借契約上の賃貸人の地位は訴外アーバネットに留保することとして移転しない旨を合意しており、右売却及び信託譲渡と同時に右合意の趣旨に沿って本件契約連結の各契約が締結され、それ以後も訴外アーバネットは被控訴人に対して賃貸人としての行動をし、被控訴人も訴外アーバネットが破産するまで訴外アーバネットを賃貸人と認識して賃料を支払っていた。しかし、被控訴人は本件賃貸部分につき対抗力のある建物賃借権を有していた者であって、本件全体ビルの所有権が移転し、それに伴い本件契約連結の各契約が締結されたことを訴外アーバネットの破産宣告に至るまで全く知らず、しかも、本件契約連結が存在することを知った後は新所有者に賃貸人の地位が移転した旨主張しているのであるから、被控訴人において賃貸人の地位が移転しないということを承認ないし容認したものと認める余地は全くない。したがって、本件全体ビルの持分権者らへの売却及び控訴人への信託譲渡は前記特段の事情がある場合に当たるということはできず、本件賃貸借契約上の賃貸人たる地位は、本件全体ビルの所有権の移転に伴い訴外アーバネットから持分権者らに、更に受託者である控訴人に移転したものというべきである。

四  そこで、本件解除の効力について検討する。

前記のとおり、被控訴人は、控訴人が被控訴人に対して本件賃貸借契約上の賃貸人たる地位及びこれに伴う本件返還債務を承継したことを否定し、頑としてこれを認めないため本件解除をしたものであるが、賃貸人が賃借人に対して右承継を否定することは賃貸借契約における信頼関係を破壊する行為というべきであるから、本件解除には理由があり、本件賃貸借契約は本件解除によって平成四年九月三〇日限り終了したものというべきである。控訴人は、本件賃貸借契約の契約書(≪証拠省略≫)第一二条の解約に関する六か月前までの書面による予告又はこれに代えて六か月分の賃料の支払を要する旨の定めがあることを理由に本件解除が無効である旨主張するが、右約定は賃借人の都合による解約に関するものであり、解除に関するものではないから右主張は失当である。

五  証拠(≪証拠省略≫、当審証人石渡晋太郎)によれば、本件保証金は本件賃貸借契約による賃借人の債務を担保するものとされ、その額は本件賃貸借契約上の賃料及び管理共益費の合計額の二〇か月分に相当するが、契約の期間中賃借人が賃貸人に対する債務の履行を怠った場合には、賃貸人は何時でも本件保証金の一部又は全部をその弁済に充当することができ、その場合、賃借人はその旨の通知を受けてから五日以内にその不足額を填補しなければならないこと及び賃貸借契約が終了し賃借人が本件賃貸部分を明け渡した後本件保証金残額を返還することが約定されていることが認められ、右事実からすれば本件保証金は敷金の性質を有するものというべきである。本件保証金の額が右のように賃料等の二〇か月分に相当すること、返還に際して二〇パーセントの償却費を控除する約定となっていることは、本件保証金が敷金の性質を有するものと認めることの妨げとなるものではない。

したがって、本件保証金に関する法律関係は、旧賃貸人に対する賃料の延滞のない限り、賃貸人たる地位の承継とともに、当然旧賃貸人から新賃貸人に移転し、本件返還債務も新賃貸人が承継するものというべきである。

もっとも、右のように賃貸人の地位が移転する場合においても、新旧賃貸人及び賃借人の三者間において、敷金に関する法律関係を新賃貸人が承継しないこととする旨の合意がされているときには、敷金に関する法律関係は新賃貸人に承継されないというべきであるが、本件において右のような三者間の合意が存しないことは明らかである。したがって、前記のとおり、持分権者ら及び控訴人は訴外アーバネットから本件保証金の交付を受けていないばかりでなく、訴外アーバネットと持分権者ら及び控訴人との間では本件保証金に関する法律関係は承継しない旨が合意されていたことがうかがわれるが、そのようなことがあるからといって新賃貸人が本件保証金に関する法律関係を承継しないとはいえないというべきである。

六  控訴人は、控訴人は本件全体ビルの信託譲渡を受けた者であり、債務は信託の対象にならないから、本件返還債務を追わない旨主張するので、この点について検討する。

信託法一条が信託の対象として規定する財産権は、積極財産を意味し、債務そのものは信託の対象とならないが、その積極財産が担保物権を負担していたり、財産権自体に付随する負担(例えば、公租公課)を伴うことは妨げないものである。そして、本件全体ビルのように従前からの賃借権が設定されている場合、目的物の所有権に伴う賃貸人たる地位は債権債務を含む包括的な地位であって、単なる負担とも異なるものであるから、賃貸借関係が存在すること自体は本件全体ビルを信託の対象とすることの妨げとなるものではないというべきである。信託法一六条一項は信託財産につき信託前の原因によって生じた権利に基づく信託財産に対する強制執行を認めているが、賃貸借関係の存在する不動産を信託の対象とした場合、敷金に関する法律関係は賃貸借関係に随伴するものであるから、敷金返還請求権は信託財産につき信託前の原因によって生じた権利というべきである。

したがって、本件全体ビルの信託譲渡を受けた控訴人は本件賃貸部分の賃貸人たる地位を承継するとともに本件返還債務を負担するに至ったものというべきであり、控訴人が賃貸人たる地位を承継するとしても本件返還債務は承継しない旨の控訴人の主張は到底採用できない。

七  本件返還債務の履行期について、本件賃貸借契約においては、借主が本件賃貸部分を明け渡したときは貸主は遅滞なく本件保証金残額を返還する旨定められているが、被控訴人は控訴人に対して平成四年九月二六日に本件賃貸部分を明け渡しており、また、前記のような経過からすれば、控訴人は本件解除により本件賃貸借契約が同月三〇日限り終了し、これによって本件返還債務の履行期が到来したことを直ちに知ったものというべきである。

そして、被控訴人に賃料の延滞があった旨の主張、立証はないから、控訴人に対して、本件保証金残額に対する平成四年一〇月一日以降年六分の割合の商事法定利率による遅延損害金の支払を求める被控訴人の請求は理由がある。

八  以上の次第で、被控訴人の本訴請求を全部認容した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 菊池信男 裁判官 村田長生 伊藤剛)

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